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こどもの日

こどもの日2019年と2020年

こどもの日は、子どもたちの幸せを祝う国民の祝日です。

日付祝日
20195月5日日曜日こどもの日
5月6日月曜日こどもの日 (休日)
20205月5日火曜日こどもの日

こどもの日は、親であることを誇りに思う日でもあります。こどもの日はゲームや楽しい遊びなどで祝う祝日です。毎年5月5日にあります。ゴールデンウィークの一部でもあるため、休暇中に祝う人も多いです。

成り立ち

こどもの日は古代日本まで遡ります。元来、こどもの日は陰暦の5月の5日でした。日本が西洋からグレゴリオ暦を取り入れてから、現在の5月5日となりました。

20世紀以前、こどもの日は端午の節句と呼ばれていました。端午の節句は、少年期を祝い父親を敬うためだけの祝日でした。1948年、この日は日本の国民の祝日となり、名前も端午の節句からこどもの日へ変わりました。端午の節句とは異なり、新たなこどもの日は少年少女の幸せを祝い、母親も敬うための日とされました。

こどもの日の過ごし方

こどもの日は古来からの祝日であるため、子どもと一緒に祝ってきた伝統がたくさんあります。

  • 鯉のぼりをあげる

こどもの日に、各家庭の屋外に鯉のぼりをあげることは一般的な風習です。鯉のぼりは勇気や粘り強さの象徴です。鯉は逆流でも泳ぐことができるので、そこから鯉が使われるようになりました。人々は、子どもたちや家族の幸せと強さを願って鯉のぼりをあげます。鯉のぼりには家族の一員を表した、それぞれの色があります。主な鯉のぼりの色には赤、黒、青、緑、ピンクが使われています。

  • よろいを着る

こどもの日、男の子たちは侍の衣装を着ます。侍は、古くから日本では強さと高貴さの象徴とされており、侍の衣装は、男の子が強く道徳的な意思決定をできるようになると信じられています。お店では、ゴールデンウィーク前や期間中にはかぶとが売られます。毎年、独自のかぶとを作る家庭もあります。

  • 金太郎人形を飾る

金太郎人形を飾ることは、長年家庭で行われてきた風習です。日本の言い伝えによると、金太郎はとても力の強い子どもで、幼いころ金太郎は仲間の誰もができないような手柄を成し得ました。大人になり、金太郎は自力で悪を退治し伝説の戦士となりました。金太郎は、平安時代に実在した人物がモデルになっているとされています。金太郎の偉業と、類まれなる強さから、親たちは金太郎の人形を飾るようになりました。自分の子どもたちが金太郎のような強さを持てるようにという願いが込められています。

  • こどもの日の食べ物

5月5日、人々はさまざまな料理を楽しみます。こどもの日に最も人気のある食べ物はちまきです。ちまきは、くず餅、団子、とうもろこしでできた料理で、竹の葉で包んで蒸したものです。

  • 折り紙を折る

こどもの日、親たちは子どもと一緒に折り紙でツルなどを折ります。このような昔ながらの遊びを通して、親が子どもと一緒に過ごす時間を持つのです。

  • 原爆の子の像を訪れる

子どもの日に、子どもを原爆の子の像へ連れて行く親も多いです。原爆の子の像は佐々木禎子の死を慰めるために作られた石碑です。禎子がまだ幼い頃、彼女の出身地である広島は原爆により壊滅されました。禎子は爆撃から逃れ、他の子ども達と同じように10年間楽しく過ごしていました。11才のとき、禎子は白血病と診断されます。禎子が広島で被ばくしたことが白血病の原因でした。この悲しい診断を受けた後、禎子は昔の言い伝えを聞かされます。それは、1000羽の折り鶴を折ると願いが叶うという言い伝えでした。その言い伝えを聞いてから、禎子はすぐに病気が治るようにと願いを込めて折り鶴を折り始めました。1年が過ぎ、禎子は笑顔で600羽もの鶴を折り終えました。しかし残念なことに、禎子はガンとの闘いに勝てず1955年になくなりました。禎子が亡くなってすぐ、広島に原爆の子の像が作られました。こどもの日は禎子と日本中の子どもたちの幸せを祝う日です。毎年、日本各地の子どもたちから原爆の子の像へ折り鶴が贈られています。

こどもの日は、日本中の子どもたちの幸せを祝う楽しい祝日です。

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